一度は就職し、研究の世界に戻ってきた

 実は僕は修士を出てから一度就職をして、1年弱ですがシステムエンジニアとして働いていたんです。修士課程の時は自分の限界というか、厳しさを感じる部分があって、博士課程までいって研究をしたいという気持ちはあったのですが、一度就職をするという選択をしました。

 いざ就職をしてみると、当たり前ですが企業というのは利益を追求するものなので、自分のやりたいことというのは関係ありません。分野的にもスマートフォンのアプリを開発するような仕事だったので、ナノの分野とは全く関係ありませんでした。そういう環境にいて、ふつふつと研究がしたいという気持ちが出てきて、戻ってきてしまいました(笑)。働くことは、またいつでもできるので。

 

Q ではそこからまた受験勉強をはじめたのですか?

 僕は推薦制度を使いましたので、その試験に必要な資料や面接の用意をしました。ですから一般的な筆記試験の準備はしていません。卒業してから1年未満は、推薦試験で大学院に戻れるという制度があったのでとても助かりました。僕のような一度就職してから大学に戻りたい、という人にも寛容なので、多様な人材が集まってくるのではないでしょうか。

 

半導体デバイスの熱の挙動をシミュレーションする

Q 研究の内容を教えてください。

 計算機シミュレーション技術を用いて、半導体デバイス中の熱の挙動を解析し、熱の振る舞いや、それがデバイスの特性に及ぼす影響を調べています。実は、最先端のナノスケール半導体デバイス中の熱の挙動はよくわかっていなくて、半導体デバイス内での発熱や排熱といった熱の振る舞いが性能を悪くするのではないかと言われています。

 半導体デバイスの歴史は微細化の歴史で、デバイスのサイズを小さくすることによって性能を上げてきたのですが、小さくしすぎたため、これまでその影響を無視していた熱の問題がでてきているのです。

 調査には分子動力学シミュレーションをもちいています。ナノサイズのモデルを作り、各原子を一つずつ古典的な運動方程式に従わせて動かすことにより熱の挙動を追っています。実際のデバイスを想定した大規模シミュレーションです。

 

Q 微細化で熱伝導率が悪くなるのはなぜですか?

 いくつか理由はありますが、その一つに界面の影響があります。半導体デバイスのサイズが小さくなると、体積は減少し、それに占める界面の表面積の割合が大きくなります。つまり、半導体デバイスを小さくすればするほど熱は界面に接しやすくなるので、熱伝導率は下がることになるのです。

 また、半導体中の熱のほとんどは、フォノンという粒子が運んでいます。ナノサイズになると、そのフォノンの性質が変わってしまい、これも熱伝導率に影響を及ぼすのではないかと考えられています。

 

 

「ナノならでは」という性質をみつけたい

Q 研究の面白いところは?

 研究を始める前は結果をある程度予測して始めるのですが、その予測と異なる結果がでたときに「なぜだろう」と考えるのが面白いですね。特にその結果がナノ領域にしかでてこない「ナノならでは」の物理現象が現れたときに、研究の面白味を感じます。

 ただ、ナノ領域の熱については実際に測定できないことが多くて、たとえば「5ナノメートルの半導体の熱の分布はどうなっていますか」という問いがあったとして、我々がシミュレーションしたとおりの熱の挙動かどうか、現段階の実験では確かめられないのです。あくまでもシミュレーションでしか考えられない。ですから、まずはシミュレーションでナノ領域を把握して、測定の助けとなるデータを残していけたら、と思っています。